節目

 
 「夜の世界」は、夢と魔法のファンタジーな世界が
 繰り広げられているのでしょうか。
 
 
 
 私の朝は、犬のお散歩から始まります。
 散歩コースは決まっています。
 鉄板な日々のルーティーン。
  
 歩いていると、夢のカケラが落ちています。
 会社のIDカードなんかは2回くらい拾いました。
 
 警察署へ届けたり、その会社へ届けたりするのですが、
 本人確認の書類を書かされたり、待たされたり・・とっても厄介です。
 こんなところで、何をしてくれてるのか。
 
 
 今回は、パンツが落ちて居ました。
 
 男物です。
 
 想像は膨らみますが、見なかった事にしました。
 パンツを持って警察へ行く勇気がありません。

 何をすればパンツを落とすのか?
 女物だったら、もっと悩んだかと・・・。
 
 
 
 
 先日、人が1人落ちていました。
 
 近くに棒があれば、ツンツン したいところでしたが
 犬としばし観察の結果、事件性は無いようでしたので
 見なかった事にしました。
 
 翌日、通りかかったとき、その場所には
 チョークで人型は書かれては ありませんでした。
 
 
 ルーティーン変更の時期が 来ているのかも。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 


 
 

 

拝啓、13年後の私

 自宅のHDDから
 13年前の写真を引き出して見てみました。
 
 
 
 当時の犬を連れた姿と現在は、あまり変わっていないように思います。
 よくよく見ると、服装が現在と同じ。
 
 宅の箪笥の引き出しを開けて見てみると、当時の服はまだ現役です。
 
 もの持ちが良いというのか?
 流行に左右されないというのか?
 それとも単にケチなのか?
 
 
 未来の私に告ぐ
 
 13年後も、箪笥にコイツは確実にいる。
 
 
 
 
 

ある日、森の中で

 
 北米に生息する「キタオポッサム」という有袋類(カンガルーのなかま)は
 敵と出会うと気絶したようになるそうです。
 
 死臭に似た匂いまで出して完全に「腐った死体」に擬態し、難を逃れるといいます。

 
 
 先日、長野県の森を歩いていたら、「熊出没注意」の看板が出現。
 
 看板によると、ヤツと出会ってしまった場合は
 
 「うつ伏せに倒れ込み、首の後ろに手を回して保護」と
 絵とともに書かれています。
  
 このようにすれば、ダメージを軽減できるとのこと。
 
 これは・・・狸寝入りか?「キタオポッサム作戦」か?
 あと腐った臭いさえ出せれば、ミッションコンプリートですが
 このままでは、どう見ても新鮮なエサ。 
 
  
 誰の技かは知らないけれど
 荒ぶる野生の熊を前にして、コレをする自信は
 僕にはありまへん。
 
 
 
 
 

 
 
 

縁起でもなく

 「是非に及ばず」
 
 織田信長公、燃ゆる本能寺での最後の言葉です。
 
 道を進んできた、その覚悟にはシビレます。 
 
 

 
 
 今際の言葉といえば、我が一族の先代女性は謎の言葉を残しました。
 

 その1、母の言葉  「お金」
 
 ※注釈
 我が家は裕福ではありませんが、堅実(ケチ)な父のもと
 お金に困ることはありませんでした。
 そんな家庭で「お金」と言えば「埋蔵金」を連想させます。
 コツコツ貯めたヘソクリは幾何のモノでしょうか?
 逝去後、心当たり及び自宅を捜索しましたが、解らぬままです。
 糸井重里氏の無念さが良く解ります。
 
 
 その2、義母の言葉 「この病院ヤバイ」
 
 ※注釈
 義母は介護を生業としていましたので、そこそこ医療事情に詳しかったです。
 その義母が選んで入院した病院で、いったい何を目撃したのか?
 ドクターキリコでも見てしまったのか。
 眠るように逝った義母の墓は沈黙を守ったままです。
 私は、いつか恐山のイタコに会うのが夢です。
 
 
 
 
 
 さて、今代の女性(妻ですかね)の今際の言葉には興味を覚えるところです。
 
 最期に謎を残すならまだしも、呪うような言葉を残されたらと思うと、
 先に逝かなくちゃと、負けるもんかと、心しております。
 
 
 信玄公の言葉に、「我が死を三年伏せよ」というものがあります。
 
 
 何事にも感化されやすい、猿真似大好きな私が、
 もしもこの言葉をマネしていたとしたら・・・
 
 プーチン氏や近平氏よりも影武者は作りやすいルックスと自負しております。
 
 
 
 さて、これを書いてる私は誰でしょう?
 
 
 

師の教え

 
 過去、家に18年生きた猫がいました。
 名を「 とめ 」と言います。
 
 
 
 家族全員の偏執的な愛情を受けて、性格が歪み
 人嫌いになった愛すべき猫です。
 
 人が嫌い、でも淋しがり屋なので、姿は見えないのですが
 戸棚の上とか椅子の下とかで、冷ややかに家族をいつも見守って
 くれていました。
 
 その猫、体の調子が悪いとか、怪我をしたときなどは
 さらに見つかりません。
 だれにも悟られず、騒がず、食事もせずに
 どこかで、石仏のように じ~っと しています。
 回復するまで。
 
 
 
 ここ数日、私も動きません。
 猫師匠と違うのは、たまに出る、断末魔の叫び
 修行の足りなさを実感
 
 
 
 やっぱり 「 ぎっくり腰 」はキツイぜ。
 
 
 
 
 

天が呼ぶ 地が呼ぶ 人が呼ぶ  

 
  「 必殺技を叫べ!」
 
 故 水木一郎氏の言葉です。
 
 
 
 現実の戦争になると、必殺技といえば 我が国もくらった
 例のブツになります。
 
 そんな身も蓋もないのが現実です。
 
 
 殺伐としたリアルではなく、スポーツの世界の方が夢があると思う。
 でも、審判の存在が鬱陶しい。
 
 なんでチャレンジに回数制限があるのだろう。
 
 全てチャレンジで良くね。

 人からAIに裁断権を移行した方が 
 より平等な方が、スポーツには良いと思う。
 
 スポーツに「大岡裁き」なんて必要ない。
 
 
 
 大丈夫です。たとえ夢の無いジャッジだったとしても
 
 どんな状態でもひっくり返す必殺技が存在します。
 
 
 電話で一発。
 
 
 
 

幾年月

 「 星を数えて 波音聞いて 共に暮らした 幾年月の
 喜び 悲しみ 目に浮かぶ 目に浮かぶ 」
 
 御前崎を舞台にした "喜びも悲しみも幾年月” の
 5番めの歌詞です。
 
 灯台守の歌ですね。
 抒情的で、思わず人生を振り返ってしまいます。
 
 ・2009年9月の御前崎灯台写真です
 
 
 先日、暑さを避けて野辺山のあたりを車で走っていると
 地場の野菜直売の店がありましたので、寄ってみました。
 
 すると、「きくらげ」があるでは あ~りませんか。(古い?)
 
 やっぱり中華飯に「きくらげ」は、欠かせません。
 価格も100円、思わず買ってしまいました。
 
 
 ・2009年9月の御前崎灯台下からの写真です
 
 
 
 家に帰ってから、わくわくしつつ パッケージをよく見ると
 まさかの 「御前崎産」! う~ん ほぼ地元じゃん。
 
 
 御前崎だけに、 「灯台もと暗し」
 
 
 人生を振り返るのはまだまだ早い。